講師ブライトワイズコンサルティング合同会社 代表社員 金子智朗氏
経営環境がめまぐるしく変化する中、迅速かつ適切な経営判断が求められており、管理会計の重要性が増しています。しかし、管理会計とは何か?誰を対象としておりどのように使用するのか、そもそも財務会計とはどのような違いがあるのでしょうか。真に経営に役立つ管理会計とは。
財務会計は外部に公表するための会計であり、管理会計は内部の人間を対象にした会計の仕組みです。
そもそも、財務会計はベニスの商人の時代まで遡るといわれています。当時は貴族がお金を出して船を調達し、雇い入れた乗組員に船旅をさせます。ひとたび港を出てしまえば貴族の目は届きませんから、乗組員たちにお金の出入りをすべて記録させ、港に戻ってきたら貴族に報告させました。これが財務会計の始まりです。財務会計は港で待っている貴族(国あるいは出資者)のための会計なのです。そこに乗組員の視点はありません。
乗組員にとって必要な情報は、天候が荒れたり、他の船が現れたときに、どちらに舵を切り、どの方向に進んでいくべきか、それを判断するのに役立つ情報です。現代に置き換えれば、天候は外部経営環境であり、他の船はライバル企業の動向です。この乗組員のための情報が管理会計です。港でのんびり待っている貴族向けの財務会計情報では、乗組員には不足な部分が多すぎます。
財務会計の利益の意義は2つしかありません。それは「税額計算の基準値」と「配当計算の基準値」です。まさに国と出資者、すなわち貴族のための会計なのです。
財務会計の利用目的は、過去の業績の集計・報告であり、完全に過去のデータの取りまとめです。
一方、管理会計は管理=マネジメントのための会計であり、「意思決定と業績管理」が主な目的となります。マネジメントのヒントを与えるのが管理会計なのです。全力疾走している先が絶壁だったらどうでしょう。勢いがあればあるほど危険です。この方向の判断を支援するのが管理会計です。ほとんどの会社は財務会計の延長線上で管理会計をやっています。だから判断を誤るのです。
業績管理も忘れてはいけません。人は評価指標、すなわち採点基準に基づいて行動します。このため、何をもって指標とするかが極めて重要となります。
この管理会計には法規制がなく、どのようにでも実施できます。しかしながら管理会計には『カタチ』があります。
ここにサンプルとなる財務会計の『損益計算書』と『部門別損益計算書』があります。皆さんは部門別に損益を管理すれば管理会計だと誤解してはいませんか。例えば、この部門別損益計算書から見て、強化すべき部門はどこと思われるでしょうか。また、撤退する部門はあるのでしょうか。
ほとんどの人は利益率の高い部門Aを強化すべきであり、赤字となっている部門Cを撤退の候補に挙げるでしょう。それが判断の間違いです。
強化すべき部門は、売上高の変化に正比例する限界利益(=売上高−変動費)を見るべきですが、その限界利益がこの部門別損益計算書には示されていません。それを確認すると、部門Bが最大の限界利益となっており、ここを強化するべきなのです(例1)。
また、各部門で個別的に発生する個別固定費を控除すると、部門利益はプラスとなっており、本社費配賦額などの共通固定費の「回収エンジン」になっています(例2)。「このため、全部門が収益に貢献しており、撤退する積極的な理由はありません。一見部門Cが赤字に見えますが、ここを撤退すると全社が赤字転落します。これも判断の誤りです。
次に人事部では、問題のある部門に「デキる人材」を送り込んで、その部門を立て直そうと考えているとします。しかし、赤字部門に行ってなかなか黒字化できなければ、自身の評価も下がることが予想されるので、誰も進んで行こうとはしません。こんなことと管理会計に何の関係があるかと思うでしょう。しかし、このような人のモチベーションの問題も、適切な指標設定によってクリアにすることができるのです。
ポイントは、部門の評価と部門長の評価は異なるということ。部門長ができることには限界がありますから、その裁量の範囲内で評価しないとモチベーションに悪影響が出ます。管理できるかどうかの範囲を部門別損益計算書に設けることです。すなわち、部門長にとって管理可能な『管理可能費』と、部門長にとって管理不能な『管理不能費』を明確に区別したカタチにします(例3)。前者の『管理可能費』で評価すればフェアな評価ができ、モチベーションも下がることはありません。
単純な「部門別損益計算書」に「限界利益」をプラスすることで強化する部門がわかり、「部門利益」をプラスすることで撤退するべきかどうかがわかります。さらに、「管理可能費」と「管理不能費」を区別することでモチベーションの問題も解決できます。そして、最後に加えたいのが、「本社」という項目です。「本社費として妥当な金額は30百万円であり、予算超過額は、本社のムダや非効率性が原因と考えられるとします。そのとき、全社利益を改善するためにやるべきことは、本社が本社の予算超過額をゼロにすることです。
本社は妥当と考えられる経費から12百万円超過しており、本来の30百万円であれば部門A, B, Cいずれも黒字となります。このようなカタチであれば、本当にやるべきことが何かがわかります。これが管理会計のカタチのひとつの完成形です。あとは経営課題やマネジメントの目的に応じて、各企業がアレンジしていくことが必要です。
最後に、 “生態系モデル”と呼ぶ米国グーグルの例を紹介します。グーグルの収益源の大半はオンライン広告であり、他の事業、例えばグーグルマップやグーグルアースから収益を上げることは考えていません。全体としてひとつの『生態系』と捉えているため、事業別の細かな採算管理をしないのです。このような配賦しない経営管理モデル、利益責任が問われない組織を許容する経営管理モデルもあっていいと思います。
(オービック情報システムセミナー東京会場にて講演)
金子智朗氏
ブライワイズコンサルティング 代表社員
公認会計士/税理士
名古屋商科大学大学院教授/多摩大学大学院 客員教授
日本航空㈱において情報システムの企画・開発に従事しながら1996年公認会計士2次試験に合格。プライスウォーターハウスクーパーコンサルタント等を経て独立。現在、ブライトワイズコンサルティング合同会社代表社員。著書に『「管理会計の基本」がすべてわかる本』(秀和システム)など多数。